プロフィール

こんにちは、道場主です。

ここ最近、サッカーの取材に行ったり 、ドラクエやったりで忙しいです。
ドラクエで忙しいって言うのかは知らんですが。
でもまぁ6月からはサッカーの試合が夜からになるので、
本業の引きこもりに無事に戻れそうです。 よかったよかった。


更新する時間が無かった代わりに、とある考えをずっと纏めてたのですが、
それがメディア記号論から見た、漫画の限界です。

これまで当道場では様々な観点からの記事を書いてきましたが、
私自身が何の専門家かと尋ねられれば、それは記号学であると答えます。
そして最近はもっぱらエーコ記号論について研究しています。


エーコ

エーコって聞くと、かわいい女の子を思い浮かべたくなるでしょ?


エーコ

実際は、ヒゲ生やしたむさいおっさんですからね。


―――


それはさておいて…メディア記号論とは何かというと、
記号論を使ってメディアコンテンツについて言説していく学問です。
(そのまんまです、はい。 )

漫画には、あの手塚治虫大先生が提唱した「漫画記号論」なるものがあります。
が、これは先生が劇画を否定する際に議論として生んだものであり、
ウンベルト・エーコなどの記号論者が発展させた記号論とは違います。
違うどころか、現代の記号論によって否定される代物です。

メディアを介した記号情報は、1つの意味に限定した伝え方をしようとします。
エーコはそれを「閉じたテクスト」であるとして、反論しています。
世の中に溢れる情報は、本当はもっと「開かれたテクスト」であり、
受け取り方は人によって千差万別なはずなのです。


漫画もメディアコンテンツの1つであるとしたら、漫画表現(コード)の多くは
特定の意味を促す為に、誇張し、大げさに描いてますよね。
これはおそらく、脳みそが行う理解の手順において、
意味を1つに絞った方が書き手(エンコーダー)の意図が伝わり、
理解に至りやすいからそうしているのでしょう。

しかし、そうした限定的な記号情報を受容し続けた読み手(デコーダー)は、
意味が2つにも3つにも取れる宮崎アニメのような作品を観た時、
理解不能なものとして、「面白くない」と感じてしまうかも知れません。
そしてその理由は、脳みその理解の手順の中に、
読解(デコード)のプログラムが入っていないからだと私は考えます。


―――


6月から【メディア記号論】を全2回の予定で書いていきます。
脳科学で扱う脳みその電気刺激構造から、漫画を否定するものです。
誤解の無いように述べておきますが、道場主は漫画が大好きです。
漫画を客観的に理解する為に書くもので、否定するのが目的ではありません。

これまで同様、漫画記号論から発展させた内容になりますので、
あらかじめ上級編・シンボル哲学の項をお読み頂ければ、
「面白い」「面白くない」の定義がより正確に伝わるのではないかと思います。
あしからず、宜しくお願いしますね。


ではでは。
  


ご清覧ありがとうございました。