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↑飾らない美しさが、心にはある。


ジブリ映画考察の第4回は、2004年公開の『ハウルの動く城』です。

【ジブリ考察シリーズ】
 第1回 『千と千尋の神隠し』
 第2回 『火垂るの墓』
 第3回 『崖の上のポニョ』


宮崎駿作品は、『もののけ姫』以降で変革が起きました。
どこらへんが変わったのかを読み解くには、これより以前の作品、
つまり『紅の豚』を掘り下げて考える必要があります。
監督はこの作品を「作るべきではなかった」と反省の弁を述べられ、
「次作で決着を付ける」と決意を新たにされています。

宮崎作品は豚を醜く汚いものの象徴にしてますが、
『紅の豚』では、豚になる魔法を自身にかけた飛行機乗り・ポルコを、
ニヒルな賞金稼ぎとしてかっこよく描いてます。
ポルコが豚になったのは、人間としての暮らしが嫌になった為で、
豚になった苦悩も無ければ、周囲への偏執も無く、
最後にはフィオのキスで元の人間の姿に戻っています。

『もののけ姫』や『千と千尋』は、『紅の豚』では触れなかった
生きる苦悩や偏執を描こうとしたに違いありません。
ゆえに、アシタカや千尋にかけられた呪術に"意味"を持たせています。
タタリガミの呪いは、死の運命に向き合いながら
生きる道を選んでいくアシタカの生と死の二面性を描き出しており、
そして湯婆婆の呪いは、生きる事に背を向けた千尋の心に、
もう1度前を向いて歩みを進める機会を与えています。


『ハウル』も、変革のあった後期作品に位置します。

 '84 風の谷のナウシカ
 '86 天空の城ラピュタ
 '88 となりのトトロ
 '89 魔女の宅急便
 '92 紅の豚

 '97 もののけ姫
 '01 千と千尋の神隠し
 '04 ハウルの動く城  ← ココ
 '08 崖の上のポニョ

この作品にもやはり、魔法をかけられ姿を変えた主人公として、
90歳のおばあちゃんになったソフィーが登場しますが、
豚になったポルコとは、その経緯も、その意味も、明らかに異なりますよね。

では、ソフィーにかけられた魔法の意味とはいったい何なのか。
今回はこれを詳細に追ってみたいと思います。


―――


まず、ストーリーを整理してみましょう。『ハウル』には、
ソフィー以外にも姿を変えている人や物がたくさん出てきます。

ハウルの動く城


空を飛んだり透明になったりする魔法もいくつか見られはするんですが、
作中で描かれている魔法は、基本的に姿を変えるものが多く、
ハウルも敵を倒すのに、妖力を使ったり、光線を出したりしません。
黒い鳥に化けて、肉弾戦のみで戦ってます。

ここから魔法の定義を考察すると、ポルコが豚の姿になったように、
自分の心の姿を写し取る為に用いられると考えられます。
ハウルの金髪姿や、マルクルの大人ぶった姿、荒野の魔女のマダム然とした姿も、
元来の姿を否定し、心の中の願望の姿を肯定した結果であると言えます。


さてこの姿を変える魔法、使っているのは主にハウルと荒野の魔女です。 
ハウルは悪魔・カルシファーと契約によって力を得ています。
カルシファーが「ソフィーの目をくれるかい?」と何気に怖い台詞を言ってる事から、
どうやらハウルの魔法は等価交換が求められる西洋黒魔術のようです。
より強大な力を求めてハウルの心臓を狙う荒野の魔女も、
サリマン先生によると「悪魔と取引をして身も心も食い尽くされた」との事。
そう言えば魔女って悪魔と姦通するんですっけ…((((;゚Д゚))))ブルブル

となると、この2人が変身魔法を使うには何かしらの代償が必要になりますよね。
ハウルの場合はズバリ、若い女性の心臓が。
町の噂によれば「南町のマーサって子」が犠牲者らしいのですが、
これ、カルシファーが具体的な供物を要求してるとなると、
物の例えでなく本当に心臓を食べられてるという可能性もありますけど、
おそらく心臓=心を意味していると考えるのが妥当であると思います。

では、荒野の魔女はいったい何を代償にしたのでしょうか。
これは仮定に過ぎませんが、元々の姿がよぼよぼのお婆ちゃんであった事や、
若くて良い男に執着を見せている事から察すれば、男にモテる為に、
ソフィーの「若さ」を吸い取って、自分のものにしているのだと思われます。


ではでは、なぜ荒野の魔女の呪いの魔法を受けたはずのソフィーが、
自意識に応じて若返ったり老いたりを繰り返しているのか。
ポルコやアシタカや千尋にかけられた呪いは、勝手に解けたりはしませんし、
自力で何とか出来るような容易なものでもありません。

ここから得られる答えは、ただ1つ―

ソフィーは荒野の魔女からお婆ちゃんの姿に変えられるより前に、
ハウルによって強大な魔法をかけられてしまっているからです。
ハートズッキュン、心を奪う、恋の魔法を。


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↑奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です(キリッ


ソフィーはハウルと空中遊泳をした時に、魔法にかけられたと思われます。
「どうせ私なんて」と自分を否定する暗示の鍵が外れ、
心だけが恋しちゃってもいいじゃないモードに変身しているのです。

荒地の魔女がかけた呪いの力で肉体が老いても、心は18歳のままである為、
ソフィーが心のままを表した時はハウルの力に天秤が傾いて若返り、
逆にソフィーが心を否定した時は、荒地の魔女の力に傾き、
心身ともに老人の姿に近付くという、実にややこしい事になっています。

この複雑に揺れ動く天秤模様は、ソフィーの心理状態をよく描き出しており、
外見にとらわれない心の美しさを90歳のお婆ちゃんに投影し、
死の呪いをかけられたアシタカや、 名前を奪われた千尋と同じように、
今作のテーマに直結する"意味"を持たせています。


―――


ここからはストーリー考察です。

物語が佳境に入ると、ハウルは「守らなければならないものが出来た」と告げ、
悪魔の力とさらに同化し、国王軍との戦争に加担します。

ハウルは金髪から黒髪に戻ってしまった自分の姿に、
「美しくなかったら生きていたって仕方がない」と絶望してますが、
ソフィーに励まされてからは、黒髪の自分を肯定しています。
心の向くままに生きるのに、もう変身なんてしなくてよかったはずなんです。

ですがハウルは再び変身しちゃいました。ハウルが花畑の中で誓った、
「ソフィー達が安心して暮らせる」夢のような生活を続けるには、
本物の悪魔へと身をやつし、外敵を排除しなければならなかったからですね。
前述の通り、変身魔法は心の願望を肯定した姿です。
ハウルはソフィーを守る為に、デビルマンに変身したのです!


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↑悪魔になります。


ソフィーはハウルの身を案じ、「あの人は弱虫が良いの」と言って、
カルシファーとの契約の秘密を突きとめ、ハウルの心臓を元に戻します。
悪魔となってしまったハウルに、人間の心を戻したという意味でしょう。


で、これと同時にもう1人、変身魔法が解けた人が居ますよね。
かかしのカブ頭にされていた、隣国の王子です。
いったい誰がこの王子をカブ頭にしてたのか、疑問が残りますが、
おそらく王国側の都合で隣国との戦争を誘発する為、
サリマン先生が王子をかかしに変えていたと思われます。

宮崎監督は、『ナウシカ』の頃から"非戦"を訴え続けています。
監督のメッセージは、2人の変身が解けた事で成就されているのです。
これで話はめでたしめでたし…


と思いきや、最後の疑問がまだ解消されていません。
ソフィーの魔法ってどうなったの?

ソフィーの姿は、ハウルが悪魔と同化し戦地に飛び立って以降、
髪は銀髪のままですが、1度も老化していません。
要するに心の天秤がハウルの方に傾きっぱなしになっているという事ですが、
ソフィーにかかっていた2つの魔法は、解けていないんです。

これは、ハウルがソフィーの銀髪を肯定してくれたからに他なりません。
ハウルの黒髪をソフィーが肯定してくれた時のように、
お互いがお互いの本当の姿を、心から認め合っている。
まさに、サリマン先生の言った「ハッピーエンド」という訳ですね。


―――


原作には、ソフィーも命を吹き込む魔法を使える、という設定があるようです。
どうかカルシファーが千年も生き、ハウルが心を取り戻しますように
というソフィーの台詞が、実は魔法の呪文だったというのです。

宮崎監督が原作の設定に必ずしも忠実では無いので、
道場主としてはこういった考えを否定していますが、
心臓=心を失ったハウルに、ソフィーが新しい命を与えるという、
また違った解釈の仕方も出来るので、面白いですね。

引用:ハウルの動く城の謎の分析と解釈


そして、原作の設定に準拠していると仮定した場合、
ハウルがソフィーに惹かれた本当の理由も明らかになります。

ソフィーがカルシファーとの契約内容を知るべく、ハウルの過去を覗いた時、
私はソフィー、待ってて、私、きっと行くから、未来で待ってて!
と、子供の頃のハウルに必死で叫んでいますよね。

もしもこれが魔法の呪文であったとしたら?
そう、幼いハウルも、ソフィーに魔法をかけられているんです。
心を奪う、恋の魔法。ハウルとソフィーは最初から相思相愛だったんです。
だからこそ、何も無かった草原を花畑でいっぱいにして、
何年もずっとソフィーを待っていた、という事になるんでしょうね。

ハウルの心情は1番最初の台詞に現れてます。
「やぁごめんごめん、探したよ」、とっても深い意味になります。


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↑ハウルはずっと待っていた。


今年2013年は、宮崎監督の待望の新作、『風立ちぬ』が公開されます。
堀辰雄の同名の作品のプロットを下地にした、
ゼロ戦の設計者である実在の航空技師・堀越二郎のお話だそうで、
つまりこれもまた戦火の愛を描いた作品になるっぽいです。

『ハウル』では暈されてきた戦争描写が克明になるはずで、
ファンタジーを主体とした作品を残されてきた監督が、
実際に起きた太平洋戦争という題材を、どのように変身させるのか。
『ハウル』が大好きな道場主は、とっても期待しています。

未来で待ってます。
 


ご清覧ありがとうございました。