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3.11 東日本大震災について話そう に参加中!
いいひと。

↑被災地に笑顔が戻る日が来る。



『いいひと。』の16巻は、3月11日という忘れ得ぬ日に
再読する価値のある一冊に違いありません。
私はこれほど思いやりに溢れた本を他に知りません。

16巻のサブタイトルは「思い出にかわるまで」。
ストーリーは、主人公の北野ゆーじがいつものように異動させられ、
阪神大震災から1年半が経過した神戸に出張しに行くところから始まります。
そこでゆーじは、実際に被災した人達と、そうでない人達との間に、
心に負った傷の深さにギャップがあるのを感じ取ります。

悲しみの記憶で塗り固められた被災地・神戸を、喜びの記憶に変える為に、
ゆーじは工場建設予定地に即席の野球のグラウンドを作り、
そこで被災地の子達と野球をして、1日だけの思い出を共有します。

このグラウンドも翌日には工事が入り、壊されるのだけれど、
この時みんなで野球をした記憶は心にしまい込める。
地震で建物は壊れても、楽しかった思い出までは壊せない。

作者の高橋しんさんは、東日本大震災が起きた後、
この震災復興編をホームページ上で無償公開しました。
被災地とその周囲とのギャップを埋める為に、
被災者の心を復興をしていこうと伝えたかったのだと思います。

無償版「いいひと。」震災復興編・期間限定リリース再開です。。。しん
http://www.sinpre.com/sinpre/archives/2011/03/post_429.html



私が住んでいる長崎県では、1990年に普賢岳噴火が起きました。
私の夫は、家屋と小学校の思い出を失いました。

この噴火は島原半島全域に甚大な被害をもたらし、
地元を走っていた島原鉄道も壊滅状態になりました。
この時、島原鉄道の復興に道筋を付けたのは、文字通り、
被害状況を見る事の出来なかった、盲目の方だったそうです。
たった1人だけ、目の前に広がる絶望ではなく、
その先にある希望を言葉にし、周囲に勇気を与えたといいます。


たとえ被災地の惨状を目の当たりにしていなくても、
私達に出来る事はあるのだと、ゆーじは言っている気がします。
たとえ被災者の気持ちが100%理解する事が不可能だったとしても、
私達は希望の言葉をかけてあげる事が出来るはず。

震災から2年が経ちました。
奇しくも3日前のニュースで、福島県の子供の甲状腺検査の結果が、
青森、山梨、長崎の子供と横ばいの数値であった事が明らかになりました。
長崎でこれを調査されたのは、60年以上もの間、原爆医療に携ってこられた方。
不誠実なデータ比較を用いて詭弁を労した原発学者とは違い、
長年の苦労があってこその、この信頼置ける結果だと言えるでしょう。
これでようやく、不安と憶測が生んだ風評被害から、
被災地が開放されていく道筋が付いたのです。


最後に、東日本大震災で亡くなられた方々に、
謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り致します。



ご清覧ありがとうございました。