↑矢沢あいの転換点・『ご近所物語』の本誌掲載順は後ろの方だった。
日本性教育協会の青少年行動調査によると、
少女漫画のメインターゲットだったティーン層の性経験率が、
啓蒙主義が旧来の価値観である宗教性を排除したように、
美徳とされてきた道徳的な抑制まで後退してしまった事が、
男女の主客逆転のきっかけを作っていったのである。
恋愛の入門書として愛読されてきた少女漫画は、
90年代前半まで、まだ旧来の"女性らしさ"に縛られていた。
ところが、少女漫画に出てくる「白馬の王子様」が、
現実にはどこにも居ない事を、女性はとっくに気づいていたのだ。
87年、女子中高生の登校前の「朝シャン」が社会現象になり、
88年、私立高校の制服がブレザータイプにモデルチェンジを図る。
89年、渋谷に集まる10代のファッションが「渋カジ」と呼ばれて注目され、
同時期には、ティーン向け雑誌『セブンティーン』が
少女漫画の連載を中止し、アイドルなどの芸能情報も削って、
ファッション雑誌として方向転換を図り、部数を大幅に伸ばした。
女性は男性の首に縄を付けに自ら積極的に動いた。
90年代に入ると、男性が記号化した"清楚"で"可憐"な
「女子中高生」のイメージが、音を立てて一気に崩れ始める。
92年頃から言葉の乱れを指摘され始めたのをきっかけに、
93年にブルセラ、94年にデートクラブ、95年には援助交際が問題になり、
都心を中心にコギャルが続々と出現していったのである。
彼女達の行動背景には、ファッションが関与していた事は見逃せない。
もはや少女漫画の精神性は化石に変わってしまった。
1995年になると、ついに『りぼん』の部数低下が始まる。
急速な価値観の変化についていけず、時代錯誤の周回遅れとして、
読者との間にバックラッシュが生まれたのである。
しかし、この頃から少女漫画界にも変革が起きていく。
トレンドに敏感な作家らが、時代のニーズに合わせた作品を生み、
精神性から実利性へと脱却を図ったのである。
その代表格となったのが、『ご近所物語』の作者・矢沢あい。
当時の『りぼん』において、この作者は異質であり、
色とりどりの花が咲き誇る誌面上で、1人だけ浮いた存在だった。
―――
次回は、2000年代の時代の変化を『NANA』と共に振り返りながら、
少女漫画が男性向けの漫画と違うのは、登場人物が
以前に解説したキャラクター論に基づいていない所である。
一般的に漫画の登場人物は、人物全体を類推する"素材"を抜き出し、
それを誇張して際立たせる事でポジションを置くのだが、
少女漫画の登場人物は、誇張表現の無い、等身大の人物が描かれる。
特に、自身へのコンプレックスに立ち向かう描写は鋭く、
同じ悩みを抱える多くの女性の共感を得る呼び水となっている。
『ご近所物語』は、そんなコンプレックスにまともに挑み、
服飾を通じて自分のポジションを得ていく作品だ。
『天使なんかじゃない』までの矢沢あいは、まだ少女漫画家だった。
主人公の翠ちゃんが抱える悩みは恋の悩みであり、
自分に対する否定的な感情の無い、明るく可愛い女の子だった。
ところが、『ご近所』の主人公である幸田実果子は、
つり眉で目つきが悪く、チビで胸なしでたらこくちびるで、
口も悪ければ愛想も悪い、大きなコンプレックスを持った女の子だ。
翠を太陽のようにいっぱいに花開く向日葵に例えるなら、
実果子は女の子として実を結ばない、日陰に咲く徒花である。
そんな花が、『りぼん』のお花畑の中に混じって、
一生懸命に背筋を伸ばしながら立っていた。
彼女はこの大嫌いな自分のコンプレックスを覆い隠すように、
ファッションに身を包み、服飾デザインの道に没頭する。
彼女にとってファッションとは、『姫ちゃんのリボン』の
野々原姫子の魔法のリボンと同じ、変身である。
こんな実果子に、子供の頃からずっと一緒の男の子が居たのだが、
その幼なじみが、学校で1番スタイルが良い美人と付き合い始めた。
これがきっかけで、髪をお人形さんのような金髪にする。
その後も、控えめでとても女の子らしい好意的な子が現れると、
激しいコンプレックスに晒され、実果子はは自分の事を
少女漫画の主人公になれない「出来そこないの失敗作」と卑下する。
だが、その幼なじみがありのままの自分を受け入れてくれた事で、
彼女も自分の事を少しずつ肯定していくようになる。
注目すべき点は、直接的な性描写が存在する事だ。
1991年に連載が始まった『天ない』には無かったものが、
1995年連載開始の『ご近所』では、10代の男女が
お互いを受け入れる為の自然発生の行為として描かれている。
『りぼん』で初めて直接的な性を描いたのは一条ゆかりで、
20年以上前となる1972年からすでに存在した表現であったが、
この頃はまだ精神の愛の終着点であり、儀礼的なものに過ぎなかった。
『りぼん』は部数低下が始まった1995年を変化点に、
実利としての性を描くように修正が図られたと思われる。
そしてこの時から矢沢あいも、少女漫画にマッチ出来なくなった。
1998年、次作となる『下弦の月』の連載が始まる。
この作品の特異さは、少女漫画の精神性を回帰させながら、
純文学にも勝る完成度を両立させている点である。
実利性へと変革した『りぼん』は、96年にデビューした
新世代の作家・種村有菜の『神風怪盗ジャンヌ』が人気であった。
『下弦の月』より半年早く始まったこの作品は、
前作で失敗した伝統的なまどろっこしい精神性を廃し、
ノリとテンポで明るさを強調し、性描写もはっきりと打ち出した。
対して『下弦の月』は、月のメトン周期を作中のテーマに落とし込み、
肉体と肉体でなく、魂と魂が引かれ合う愛を見事に描ききった。
矢沢あいは、少女漫画家としての"女性らしさ"を捨てずに、
"個人"として通用する域にまで作品を昇化させたのだ。
もはや少女漫画家ではなかった。1人の漫画家であった。
次回は、2000年代の時代の変化を『NANA』と共に振り返りながら、
少女漫画家がどのように"個人"となっていったのかを見ていこう。
ご清覧ありがとうございました。