アメリカ国章

↑アメリカ国章・ハクトウワシ。

引用:栃木県HP・国際交流員の「今週の言葉」より

http://www.pref.tochigi.lg.jp/f04/life/kokusai/kouryuuin/1274953244848.html


今からちょうど4年前、ある漫画が話題になりました。
アメリカ大統領選の活動実態を描いた、かわぐちかいじ先生の『イーグル』です。

なぜこの作品が話題になったのかというと、4年前の選挙で、
史上初の黒人系大統領として当選したバラク・オバマ氏より先に、
有色人種の大統領の出現を予言していたとして、
Yahoo!ニュースなどメディアに取り上げられたのです。

実際に予言していたかどうかは別にして、かわぐち先生と言えば、
『沈黙の艦隊』で核問題を取り上げ、国会審議で名前を挙げられるほど、
政治を克明に描き出した事で知られていますよね。
『イーグル』も同様に、アメリカ社会が抱える闇の部分をあぶり出し、
日系候補であるケネス・ヤマオカの打ち出した進歩的な政策を通じて、
問題解決の具体的な道筋を提示しています。


オバマ大統領の再選が果たされた今、再度この作品を振り返り、
大統領にたる人物とはいかなるものかを探ってみましょう。

…前回の予告?政治家は公約を破るのが(ry


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『イーグル』のストーリーをおさらいします。

母子家庭で育った本作の主人公、日本の新聞記者の城鷹志は、
母の死後すぐに、アメリカ次期大統領候補・ケネスの密着取材記者に抜擢されます。
「なぜ自分が?」と鷹志が問うと、「子供には父親を知る権利があるから」と、
ケネスは自分が実の父親である事を明かします。

名前が"鷹志"ってとこがミソですね。
タカ科の大型種であるワシは、太陽に届く翼を持つ王者の象徴であり、
「端から端まで1万マイル」の支配力とまで表された強きアメリカの国章です。
アメリカの志を引き継いだ子として、この名前が付けられたのでしょう。
ともあれ、出生の秘密は最後まで関わってきます。

鷹志は自分や母に何ひとつ尽くしてくれなかった父親に対し、
複雑な感情を抱きながらも、選挙戦を戦い抜くケネスの信念に触れ、
父としてでも、大統領候補としてでもなく、1人の人間として、
少しずつケネスを受け入れ、記事にしていきます。


ケネスの人物像はいったいどんなものか?

ベトナム戦争で戦死した兄に代わって戦地に従軍、自らも瀕死の重傷を負い、
戦争で死ぬ無意味さを思い知りながらも、生きて帰還します。
その後は実力派の弁護士として活躍し、上院議員に当選。
ついに大統領候補となり、ベトナムの死地を乗り越えて得た経験を、
平和政策に結びつけて有権者に訴えかけます。

で、その政策。


・ 銃の全面規制
・ 人種差別の撤廃
・ 専守防衛
・ 全海外駐留米軍の撤退
・ 軍縮の代わりに国連軍を増強



…後半の方はあれよね、『沈黙の艦隊』の海江田四郎と同じよね。


ケネスの考えは、対立候補であるアルバート・ノアと交わした教育論に表れています。

大統領選に立候補したケネスは、副大統領の経験を持つノア陣営を訪れ、
「牧場に狼が現れた時、羊をうまく避難させるにはどのようにすれば良いか」と、
ソルト&ペッパーの容器を駒に見立てたチェスの勝負をします。
無論、「狼」は国難を、「羊」は国民を表しています。

ノアは、羊を追いたてる牧羊犬を育てるべきだと主張します。
スーパーカー政策と名付け、エリート社会の形成を目指したものですね。
対するケネスは、羊を牧羊犬のように賢く育てるべきだと主張しました。
スーパーカーに置いていかれた有色移民を救い上げる政策です。


ケネスや海江田元首の主張の背景は、かのドイツ哲学の権威・ニーチェが
『ツァラトゥストラかく語りき』で提唱した「超人」思想にあると思います。
超人とは、大衆に流されない強い個人として行動する、
すなわち"鷲の勇気"を持った人の事で、個人主義の推奨でもあります。
(ニーチェはポーランド人であり、ドイツが大嫌いでした。)

ケネスや海江田は、個人として国家からも独立する事を求めていますよね。
つまりは、国民1人ひとりが牧羊犬になる事を望んでいると言えます。
これは個人主義的無政府主義(アナーキズム)という考え方で、
特に海江田は、思想と行動の統合が取れた超人として当てはまります。

しかしケネスは、海江田と1つだけ異なる点があります。
海江田の目的は世界政府の樹立に帰結しますが、ケネスの目的は、
パックスアメリカーナ(アメリカ主導の平和)からの独立は訴えていても、
アメリカという国を好意的に捉えており、軍産複合体を解体し、
アメリカをより正しい道へ導こうとしているのです。
これは、軍事縮小を訴えて暗殺されたジョン・F・ケネディや、
マフィア壊滅を進めて同じ顛末を辿ったロバート・ケネディと同じ考え方です。


アメリカ国防費

アメリカ国防費
↑年々ふくらむアメリカの国防費。

引用:米国はどのように衰退してゆくのか?

http://www.kane-kasi.com/blog/2012/06/001880.html


軍産複合体とは、軍需産業とほぼイコールの意味です。
日本での公共事業と同じく、国家予算を圧迫し続ける主要因として、
ずーーっと予算削減の槍玉に挙げられています。
つーか当然よね、ベトナム戦争の頃の10倍になってるんだから。

世界を1つにしたい海江田、アメリカを1つにしたいケネスと、
お互いの利害主張に違いはあれど、結論は同じ、
国家それぞれではなく、国連軍を中心とした安全保障です。

余談ですが、本宮ひろ志先生の漫画『サラリーマン金太郎』で、
鷹司誠士なる人物が「世界政府の時代は間も無くやってくる」的な事を言ってたのは、
かわぐち先生の影響ではなかろうかと思ってたりします。
他にそんな事を言ってる人は、かわぐち先生の漫画くらいしか居ないので。
別の漫画にも伝播するほど、影響力の大きさが伺えますね。


―――


さて、現実の大統領は超人たりえたでしょうか。

上図の2009年~2011年の連邦予算に注目してみると、
オバマ政権下でもバランスシートにおけるチェンジが起きてない事が分かります。

オバマ氏はケインズ主義政策を実施しています。
正確には、経済ブレーンとしてケインズ主義者を起用した、となります。
公共投資による有効需要の創出が狙いです。
しかし、注ぎ込んだ予算に対する見返りが充分で無かったとして、
民から官へ」の移行に失敗したオバマ氏には批判が集まっていました。
元は弁護士なので、経済に関しては唯一の泣き所だったのです。


今回の大統領選でも、対立候補のロムニー氏が支持を集めたのは、
ビジネスコンサルタントをやっていた正真正銘の経済専門家であるロムニー氏が、
新自由主義の観点から、オバマ政策の穴を突いたからですね。

新自由主義とは、日本で言えば竹中平蔵氏の構造改革路線に当たります。
小泉元首相がよく言ってた、「官から民へ」ってやつです。
公共事業に割く予算を削減し、緊縮財政のもとで経済を立て直すのが狙いです。


アメリカでは、共和党は右寄り、民主党は左寄りだと言われています。

ですが、ここだいじ。

オバマ氏はあくまで自分好みなケインズ寄りの経済学者を起用しただけであり、
当の政権下では自由主義の象徴であるTPPを推進するなど、全く逆の事もやってます。
ロムニー氏もあくまで自由経済論によって現政権を否定したに過ぎず、
反ケインズ主義のレーガン政権を別の経済論で批判した事もあります。

民主党でもクリントンのように新自由主義政策を採った政権もありますし、
共和党でもケインズ主義の経済学者をブレーンとした政権も多々あります。

政治は二者択一ではないという事です。


『イーグル』が伝える政治家の資質とは、超人である事だと言っていいでしょう。
かわぐち先生が一貫して描き続けてきた人物像でもあります。
ゆえに、政治家をシロかクロかの結論で決め付けるのは、
「萌えアニメを見てるから性犯罪を起こす」というのと同じくらいの暴論だと思います。
「ケインズ主義を採用したからオバマ政権は失敗したのだ」という意見には、
道場主は積極的に与する事は出来ません。

ケネスが駐留米軍撤退を訴えた時は、作中では多くの批判が出ています。
例えば現実の世界でオバマ氏が「沖縄基地から米軍を引き上げます」と言ったら、
そりゃもう漫画で描かれてるほどでは済まないくらいの批判が出るでしょう。

ですが、ケネスにはそう言わざるを得ない個人の問題があり、
有権者の前で嘘を吐く事は、ケネス個人としても統合性の取れない行動なのです。
ケネスの平和政策は、ベトナム戦争と兄の死が背景となっていて、
彼を密着取材していた鷹志は、それを知っていく事となるのです。

オバマ氏もチェンジと言った背景には、生い立ちに関わるそれなりの理由があります。
結果として4年間ではアメリカをチェンジする事は出来ませんでしたが、
エネルギー革命によって輸入国から輸出国に転じるなど、
極めて重要な政策を一貫して支援し、実現へと導いた人物でもあります。
「官主導」と言いつつ、大事なことは民間任せのどこぞの政権とは違うのです。
政治家にとって個人を継続する事こそが最大の資質であるのなら、
オバマ氏は充分に超人であると言えるでしょう。


―――


さて、日本で目下の注目を浴びる政治家と言えば、数々の問題発言でお馴染み、
国政復帰を目指す前東京都知事の石原慎太郎氏ですね。
石原氏と言えば、「天罰」発言で被災地から猛バッシングを浴びましたが、
これもやはり、石原氏個人と深い関わりがある事をご存知でしょうか。

石原氏は日蓮宗(法華宗)の宗徒であり、弥勒山の顔役も務めています。
そして、日蓮宗と関連の深い三島由紀夫とは友達でした。
三島は自衛隊にクーデターを呼びかける演説をした後、割腹自殺しています。

日蓮宗では、「我欲」というキーワードが出てきますが、
この言葉は石原氏が天罰発言の前にしきりに口にしていた事であり、
石原氏は、自殺した三島の強靭な遺志を受け継ぎ、
我欲にまみれたとされる日本の未来を本気で憂いているように思えるのです。
ブレないという意味では、石原氏の一貫した主張は超人論だと言えます。

道場主も、失策続きの石原氏を賞賛する気はありませんが、
石原氏の背景は痛いほどに理解しています。


私たち有権者は、鷹志がケネスに密着取材した時のように、
政治家個人をもっと深く知るべきではないでしょうか。
この人はクロだからダメ、あの人はシロだからイイ、という二元論は、
敵対候補やマスコミが作り出したイメージに過ぎないはずで、
それが本当に個人を知る事であるとは言えない気もします。

私だって「仮面ライダーは子供の観るべき番組」とか言われたら、
400字詰め原稿用紙100枚分くらいの抗議文を送りつけて反論しますぜ。

かわぐち先生は、読者1人ひとりも個人を確立し、
牧羊犬のように賢くならなければならないと訴えかけているのでしょう。
 


ご清覧ありがとうございました。