今回は、『銀の匙 Silver Spoon』春の巻・夏の巻編の短評になります。

『銀の匙』は、道場主は連載開始からとても注目していて、
1巻の発売前から本棚界の1軍枠を開けて待っていたほどです。
そしてその期待通り、巻行からたった2巻でマンガ大賞2012を受賞しました。


なぜこの作品が面白いと支持されるのか?
一般的に"生命"をテーマに扱う作品は、「感動」をウリにする場合が多く、
感情移入のポイントも決まっている、言わば紋切り型です。
そうでない場合でも、命を扱うというテーマがあまりに重たすぎる為に、
読んでてとても暗くなってしまう事がほとんどです。

ところが、『銀の匙』はそのどれにも当てはまりません。
"生命"という字に表すだけでも重圧を感じるテーマを、極めて明るく読める、
とても稀有な作品である事が面白い理由として挙げられるでしょう。


―――


まず『銀の匙』はその中心定義として、形式意味論から見た"生命"という文脈を、
例えば食物であったり、愛情であったり、人の生き方であったりと、
あらゆる全ての「もの」に込めている事が分かります。
表題になっている銀のスプーンに込められた意味にしてもそうですが、

{ 食物、愛情、銀のスプーン、etc... }

これらを文脈領域とする時、"生命"を文脈とした「もの」の意味が、
下の形式図のような関係で表されます。

形式意味


従来の作品が、「"○○"とは何か」と、中心定義をいちいち説明する事で、
それぞれの文脈の意味を理解させようとしていたのに対し、
『銀の匙』は、文脈の1つひとつに明確な意味を持たせる事で、
中心定義を説明せずとも、読者にそれを感付かせるような表現がなされています。



『ブラックジャックによろしく』を例に取ると、主人公の斉藤英二郎くんは、
事あるごとに「医者って一体、なんなんだ」と声高に主張し、
周りの人達がそれに対する回答を述べる形で、"医者"の文脈を理解させてます。
めんどくせーな、口を動かしてないで仕事しろよ。

ブラックジャックによろしく

↑苦哀の涙を流して、"医者"とは何かを理解する斉藤くん。うぜぇ。



一方、『銀の匙』では、

銀の匙

↑表題『銀の匙』に対する説明。…うん、銀の匙だね。


このように、文脈(この場合、銀のスプーン)がどういう意味なのかを、
周りの人が説明してくれる事がありません。

また、主人公の八軒勇吾くんは、"生命"の在り方に疑問を持つ事はあっても、
命の選択を迫られて涙を流したりした事は、1巻から通じてもただの1度もありません。
漫画的な表現で、「(´;ω;`)ブワッ」ってなってるのは多々あれど、
いわゆるマジ泣きのシーンは全く無いんですよね。


銀の匙銀の匙

 ↑泣かない。                    ↑泣かない。


銀の匙

↑泣きかけてるけど、泣かない。


"生命"という極めて重いテーマを、直接的に描こうとしていれば、
どこかで見たような、「感動」をウリにした作品にしかならなかったでしょう。
八軒くんが食肉にされた子豚を見て、眉を寄せてぼろぼろ涙を流し、
「命って一体、なんなんだ」とその場に合った台詞を付けさせて、
中心定義の意味を理解させたとしても、表現としては正しいのかも知れませんが、
それだと、"生命"がセンチメンタルに支えられていると言ってるも同然な訳です。

作者・荒川弘先生が伝えようとしたのは、そんな安っぽいものでなかったと思います。
そうでなければ、もっと涙を誘うような話になっていたはず。
淘汰される生命を、読者が一歩引いた所から見て考える事が出来るように、
銀のスプーンの元来の意味であったり、食物への敬意であったり、
人に注がれる愛情であったりと、"生命"を取り巻く文脈のそれぞれを丁寧に描き、
間接的にそれを伝えてようとしているのではないでしょうか。


とは言え、ぼやかしすぎて読者に文脈が伝わらなかったら元も子もありません。
描くべきテーマへと間接的にアプローチする方法として、
キャラクターを徹底的に掘り下げている事が荒川作品の特徴です。
前年の大賞作品である『3月のライオン』にも言えるのですが、
なぜその人物がそのような行動を取るのか、人物背景を細かく描く事で、
ストーリーに説得力を持たせようとしているんですよね。

こう考えると、荒川先生は狙って八軒くんに涙を流させなかったのだと言えます。
深刻なテーマを扱う『銀の匙』が、こんなにもすっきりとしてて面白いのは、
深刻さから距離を置き、経済動物を客観的に見詰める立場から、
生きる喜びを感じられるような、明るい人間性を描いているからなのでしょう。

ここに、荒川先生が考える"生命"のリアリティが感じられますね。


―――


気になるストーリーですが、競争に負けて進学校から淘汰された八軒くんが、
自分と同じ境遇の子豚に「豚丼」と名前を付けて世話を始めた事で、
"生命"の重みと敬意、そして愛情を知っていくというものです。

春の巻では、競争の中でしか価値を見出せなかった自分の存在を、
豚丼の世話やピザ作りを通じて、自分の中にある愛情を再確認していきます。
夏の巻では、思い出深いアルバイトで得た大切なお金を、
愛情をもって育てた豚丼の為に使い、自立するという答えを思い出していきます。
食物を通じて経た経験が、文字通り自分の糧となっている訳です。

どうやら、『ワンピース』や『スラムダンク』にも見られた、
繰り返しのプロットが使われているようで、今後に展開する秋の巻・冬の巻編も、
「八軒くんが自分のやりたい事を見つけていく」というお話になるのかなと。


秋の巻では、部活動を通じて友達との距離を縮めようとしてる所です。
これが八軒くんをどのように成長させるのか、楽しみですね。

疑り深い道場主としては、この次に来るはずの冬の巻で、
すっげ悲しい話(例えば誰かが死ぬ)とかになりそうな気がしてるんですが、
いずれにせよ、今後も本棚界の1軍枠から外れる事は無さそうです。
 


ご清覧ありがとうございました。