ドラえもん

↑「ドラえもん」の絵を、何も見ずに描いて下さい。


【作画論】
 (1) イメージの実像化
 (2) 実像のイメージ化


漫画は言うまでもなく、「絵」で表される芸術である。

登場人物の台詞が無くても、凝ったストーリーを考えなくても、漫画は成立する。
「絵」は漫画である事の、唯一の必要条件なのだ。


では、「絵」が上手い人と、そうでない人の違いは何だろうか。
同じものを描くにしても、人によって作画の巧拙があるが、
それを「才能」という言葉に置き換えてしまうと、違う理由は分からなくなる。

上手い「絵」には、上手いだけの理由がある。
ゆえに、上手く描く為には、上手な「絵」のメカニズムを基礎にしなければならない。
その為にも、感覚的な作画からいち早く抜け出す必要があるだろう。

作画論では、まず作画のメカニズムから明らかにしていこう。


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例えば、「ドラえもん」の絵を描いたとする。
「ドラえもん」を知らない人は日本にはまず居ないだろう。
このキャラクターの一般的な理解度を100%と仮定した場合、
描いた「絵」が似てるかどうかを判断するのは、「ドラえもん」の"解釈項"である。

「ドラえもん」の"解釈項"を抜き出してみよう。

 ・ 22世紀のネコ型ロボット。
 ・ 腹部にポケットが付いている。
 ・ 鈴の付いた首輪を装着している。
 ・ 球状の頭部と胴体。丸くて太め。
 ・ 短い手足。やっぱり丸い。
 ・ 体は青、顔と腹部は白のツートン色。
 ・ 鼻としっぽの先は赤色。
 ・ 耳はかじられて無くなった。



では、上に挙げた特徴だけで、「ドラえもん」を何も見ずに正確に描けるだろうか。

世間一般に100%理解されたこのキャラクターですら、
頭の中にあるイメージを、実像としてアウトプットする事は難しいだろう。


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「絵」を描くという行為は、イメージの実像化に他ならない。

別の例を挙げると、「お花」を描いて下さいと学校の先生に宿題を出されたとしよう。
多くの人は、下図のような絵になるのではないだろうか。
おはな
↑ イメージで描いた「お花」の絵。


「お花」の絵の"解釈項"を挙げてみよう。

 ・ 花びらは平均して5~8枚。
 ・ 葉っぱは2枚。
 ・ 花びらの中心に黄色い丸がある。

これがイメージとして描かれる「お花」の特徴である。
"解釈項"の数が、実像から抜き出した時より限られている事が分かるだろう。
しかし、イメージだけで描き出された「お花」は、
いつどんな時でも、誰が描いても、ほぼ100%同じ特徴になる。


では、実際の「花」はどんな姿をしているか、確認してみよう。


お花

↑ 「花」の実像。


「花」は太陽の方に向き、花びらは立体構造になっていて、
太い茎から数本の花茎が出ており、1本1本のその先に咲いている。
葉っぱも2枚だけでなく、養分を集める為に何枚も生えていて、
花びらの中心には雄しべと雌しべがあり、受粉しやすいように上に伸びている。

イメージで描いた「お花」とはまるっきり異なるはずだ。


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なぜイメージで描かれた「絵」が、実像と結びつかないのか?
それは記憶力と関係がある。人間が実像そのものを記憶出来ないからである。

物を記憶をする時、記憶の対象はいくつかの"解釈項"に分解され、
バラバラにされて脳内にインプットされる。
それを取り出す時は、バラバラにされた情報同士をリレーして呼び起こし、
元の状態に繋ぎ合わせてからアウトプットされる。
この時、断片化された記憶の"解釈項"が曖昧であったなら、
組み上げられる「絵」も曖昧になってしまう、という訳だ。


「絵」が上手い人は、例外なく観察眼に優れた人で、
他人より多くの"解釈項"を見つけ出し、記憶としてインプットする事が出来る。
抜き出された情報の数が多ければ、いざ「絵」を描くときに、
より完璧に情報を元通りにする事が出来るので、それだけ実像に近いものになる。

逆に、「絵」が下手な人は、実像の記憶を思い出して描くのではなく、
バラバラになった記憶の欠片の中から、極めて象徴的な特徴だけを拾い集めた、
記号化されたイメージだけで描いているのである。

上手い「絵」を描く為に必要なのは、頭の中のイメージに置き換えず、
見たままの姿を写し取るように描く事だと言えるだろう。


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絵画の世界では、前者を「写実画」といい、後者を「象徴画」という。

ピカソの「絵」が一見するとものすごく下手くそに見えてしまうのも、
作画のメカニズムが、幼い子供の描く「絵」と同じで、
目の前にある実像を見ながら描いているのではなく、
"象徴"として頭の中に渦巻いているイメージを描いているからだ。

しかしながら、ピカソは写実画もべらぼうに上手かった事が知られている。
写実画とは、読んで字のごとく、実像を写し取った「絵」であるが、
優れた画家は、実像というインプットが無い状態から、
頭の中にある鮮明なままのイメージをアウトプットする事が出来る。


漫画もやはり、鮮明なイメージのアウトプットが不可欠であるが、
漫画の「絵」を上達させる秘訣は、実像を出来るだけ克明に描くだけでなく、
「お花」の絵ように、特徴を出来るだけ絞り込んで描く事にある。

次回は、"解釈項"についてより詳しく解説しつつ、
「お花」の絵を実際にバージョンアップさせてみよう。
 


ご清覧ありがとうございました。